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たわごと

ライターしてる人が書く、読むと時間が無駄になるブログ

自分が必死に守っていた何かが崩れるとき

ちょっと弱音を吐かせて下さい。

インターネットで弱音を吐いたことなんて無いけど、今日だけは。

 

小学校の途中から転校した自分(小3)は、慣れない環境に突然放り出されて、本当に寂しかったのを今でも覚えている。地元で生まれ、地元で育った自分からしたら、転校は不安な事だらけ。転校してから新しい友達に馴染む前に既に2~3人の生徒から悪口を言われていたのを覚えている。言われていたことも鮮明に覚えてる。「しね」「きもい」「近寄るな」これくらいかな。こういう小声で言っているような悪口って、周りのざわめきを書き消してまで、自分の耳にダイレクトに入ってくる。本当はこの悪口がノイズなのに。ただ、「いじめなのか?」と聞かれたら「いじめではない」と答えるだろう。「いじめ」と「いじめではない」の境界線がよく分かって無くて、とりあえず耐えられたし、いじめではないでしょっていうくらいの感覚。でも小学校が不快な場所だって気づいたのは、ちょうどこの時。このあたりから人生で初めて人間不信になったと思う。ほんの数人の悪口のせいで、誰を信じるべきかもわからず、上辺だけな人間関係を数年に渡って築いていた。(当然仲良い人もいたけど)

 

中学生になって、東京に戻ってきた。慣れた土地でかつての友達と再会した。それでも小学校の頃のトラウマ的な何かがあって、警戒心を解くのは難しかった。一歩前に下がった中途半端な人間関係って本当に面白くない。つまんない。中学生活を無駄にしたなって思ってる。そして、あまりにも悩みすぎて病院に行ったことだってある。周りの目線、発言、何もかもが恐怖で、学校になんか行きたくなかった。でも、学校に行かないという選択肢を選んだ時点で、負けだと思った。だから何が何でも学校に行った。

 

そして、人間不信が完全に治ったのは高校生の頃。小中学校の頃がウソのように全てが楽しかった。なぜ楽しくなったのかって?」、この小~中学校までに溜めすぎていた悩み事を当時の担任に告白したから。病院に行った時も、親にも医者にも本音なんて話さなかったけど、高校のある先生にはそれが出来た。結局、溜めに溜めすぎていたゴミのようなくだらない悩み心配事は綺麗サッパリ、水に流せた。ゴミだって排泄物だって、溜めるだけ溜まる。ゴミは燃やせば、排泄物はトイレを流せば、綺麗サッパリ、何もなかったことになる。心のなかに溜まったゴミだって、誰かに吐けば全て無に出来る。

 

それから現在に渡って、順調に過ごしてきたと思った。

 

でも実際は違った。一歩前に下がって、何かに怯えながら、そして警戒しながら、人と接するようになった。何に畏れているんだ。何が自分をそうさせたのか。はっきり言って、分からない。

 

SNSの怖いとこは、つい相手の気持ちを考えずに発言してしまい、相手を傷つけたり、怒らせたりしてしまうこと。きっと知らず知らずのうちに誰を傷つけて、怒らせてしまったのだろう。そう思っている。文字情報だけで完結するSNSだからこそ、本当はもっと慎重に、そして有効活用しなければならない。なんでSNSの話をしたかって、SNSが今回の怯えや畏れに繋がっているからって思っているからだ。誰かに「監視している」と言われ怯え、仲良くさせて頂いていた方を巻き込み、迷惑をかけた。随分と前にも自分がドタキャンしてしまった為に迷惑をかけてしまったことがある。でも彼はしびれを切らさずに関わってくれた。

 

そもそものこと、SNSなんて自分には向いていないのかもしれない。SNSで悩んで精神的に病んで、馬鹿みたい。アホみたい。でも過去のトラウマと現在の自分を重ね合わせ、ひどく悩んでいる。

 

高校の担任に頼って生きていくのも、担任の代わりに自分のちっさな悩みを聞いてもらうのも申し訳ない。だからインターネットというツールを使って殴り書きをしてしまった。全然スッキリはしないけどね。身体は大人になっても、酒は飲めてもタバコは吸えても、心は何も成長していない自分がただただ悔しい。

 

乱文、長文すみませんでした。そのうち消すと思います。